ランドセル
不揃いな合唱が聞こえてくる。
春の柔らかい日が差す静かな教室で、僕はじっとその歌を聴いていた。
チョークで白くすすけた黒板に書かれた「卒業おめでとう」の文字はやけに非現実的で、明日からここには来ないことが信じられない。
6年間、あっという間だった。
タクヤは僕を背負ったままおにごっこをしてコンクリートのひっかき傷だらけにしたし、公園でブランコに乗る前に放り投げて石の形のくぼみを作り、雨の中僕を傘の代わりにして傷をさらにぼろぼろにした。
大事にされた、ということはないと思う。
表面が綺麗なままの同胞を見ると、僕の惨めさが際立って落ち込むことも多かった。
だけど、初めて会ったときに僕を抱き締めた小さな手。そのあたたかさがくすぐったくて、僕はタクヤを嫌いになれなかった。
ガヤガヤとした声が教室に近づいてくる。
卒業式が終わったのか。
赤く目を腫らしたタクヤが席に着く。
机の中に溜め込まれた筆箱やリコーダー、工作セットなどをガチャガチャと僕に預けて、慣れた手付きで閉めた。
ふとタクヤが僕をじっと見つめる。
赤い目がさらに潤んだかと思うと、僕の傷だらけの表面を手のひらでそっと撫でた。
出会ったときよりも大きくなった手。
僕は今日生涯を終えられるのが、たまらなく残念で、それと同じくらい幸せだと思った。