口がないモノたちのSS

植物、モノ目線のSSを投稿しています

鉛筆

僕は今日までの命だ。

僕に付けられた銀の補助具をやわく握ってカリカリと紙に滑らせていく荒れた手は、広い紙のほんの端の方を細かく細かく染めていく。

僕が削れれば削れるほど彼の呼吸はどんどん浅くなって、そのまま止まりそうになった頃。
僕はざり、と大きく削れて彼の呼吸を取り戻す。

はあ、と肺にたまった呼吸を吐き出した彼は、柄が手油で鈍く光ったナイフを取り出し、慣れた手付きでもうほとんどなくなった黒鉛を尖らせた。

じ、と僕と目を合わせる。
そしていつもより軽く僕を紙に滑らせ、銀の補助具を抜いた。

ああ、いよいよだ。

おつかれさま、と声がかけられ、カコン、と音が鳴る棺桶に吸い込まれた。

最後に見た、あの黒くて美しい町並み。
僕はあの町並みの一部になったのだ。

何も見えない闇の中でそっとあの町並みを想う。

モノクロの家の間を自由に飛ぶ、鳥になる夢を見た。

ランドセル

不揃いな合唱が聞こえてくる。
春の柔らかい日が差す静かな教室で、僕はじっとその歌を聴いていた。

チョークで白くすすけた黒板に書かれた「卒業おめでとう」の文字はやけに非現実的で、明日からここには来ないことが信じられない。

6年間、あっという間だった。

タクヤは僕を背負ったままおにごっこをしてコンクリートのひっかき傷だらけにしたし、公園でブランコに乗る前に放り投げて石の形のくぼみを作り、雨の中僕を傘の代わりにして傷をさらにぼろぼろにした。

大事にされた、ということはないと思う。
表面が綺麗なままの同胞を見ると、僕の惨めさが際立って落ち込むことも多かった。
だけど、初めて会ったときに僕を抱き締めた小さな手。そのあたたかさがくすぐったくて、僕はタクヤを嫌いになれなかった。

ガヤガヤとした声が教室に近づいてくる。
卒業式が終わったのか。

赤く目を腫らしたタクヤが席に着く。
机の中に溜め込まれた筆箱やリコーダー、工作セットなどをガチャガチャと僕に預けて、慣れた手付きで閉めた。

ふとタクヤが僕をじっと見つめる。
赤い目がさらに潤んだかと思うと、僕の傷だらけの表面を手のひらでそっと撫でた。

出会ったときよりも大きくなった手。
僕は今日生涯を終えられるのが、たまらなく残念で、それと同じくらい幸せだと思った。

いちご牛乳

今日はバレンタインデー。
年に一度、僕が小学校に行く日。

僕が乗ったバッドが運ばれた瞬間、教室に歓声があがる。だって僕は人気者だから。

 

頬を上気させた子供たちは小さな足をぱたぱたと動かしながら配膳の準備をする。
小さな手で僕をつかみながらやったー!と声を上げる少年を見て、ああこれが僕の幸せなのだと噛みしめる。

 

ふと、僕に強い視線が注がれているのに気がついた。


そちらへ意識を向けると、目。
強い感情がこもり、ぬらぬらと光る目をした山のような男が僕をにらんでいる。

 

こんな目でみられたのは初めてだ。
思わず縮みあがりそうになると、男ははあ、とため息をついた。

 

「カロリー制限さえなければな...」

 

男はもう一度悲しげに、はあとため息をついた。

 

来年は君のトレイに乗れるといいな。

 

エコバッグ

ぱさり、と軽い音を立てて大きく伸びをした私は、買い物カゴの中を見てうわ、と気が重くなった。

 

リカは心配性なせいか、食料品や生活用品をいつも余分に買い込んでしまう。

私はそこまで小さいほうでもやわでもない。

が、さすがにカゴ一杯に収まる程度が持てる限界だ。

 

リカはカゴの中の色とりどりの商品と私を見比べて、目元にギュッとしわを寄せる。

 

何よ、あなたが買ったんじゃない。

ため息つかないでよ。

 

ヨーグルトや果物、洗剤などをがさがさと詰め込んでいく。

カゴ山盛りの買い物なんだから、ちゃんと隙間を埋めるようにして入れないと

 

ああほら

 

リカはどうしても入らない食パンの袋を持って深くため息をついた。

帽子

俺はつむじしか見たことがない。

 

帽子というのは頭の上に乗っかるものだから、常に持ち主のつむじを見ることになるのだが、そうではない。

 

俺の持ち主は特別に背が高いのだ。

 

町を歩けば目下に丸い頭がぞろぞろと行き交い、その頭にかぶさった帽子達もちらちらと俺を見上げる。長い脚で悠々と歩く持ち主は冷たくてゆるい風を作り、持ち主の熱い頭を包む俺にさらなる心地よさを与える。

 

この背の高い持ち主よりもさらに高い位置から町を見下ろす俺を、この先きっと見下ろす同胞は現れないだろう。

 

ひやい空気が流れる緑豊かな道を歩く持ち主が、ふう、と一息をつきながら空を見上げると、そこには雄大な山にかぶさる白くて大きな笠があった。